信仰の違いで異なる葬儀や供養

東日本大震災で親戚が5人なくなりました。ですからその年はきちんとした葬儀はあげてやれなかったです。その1年後に改めて供養をした次第です。全員津波被害にあいました。私が生まれた母の実家や父の村も全部流されて、今は海になっています。葬儀はその家々に昔から伝わっている宗教にのっとりあげられました。2軒がお寺さんで、1軒が友人葬でした。宗教の違いで葬儀や供養の仕方も全然違うようです。私は自分の実家とは別の宗教を信仰しているので、形式はそれぞれに従いますが、気持ちは自分の信仰している宗教で供養させていただいています。実家や親せき関係はお寺さんのある宗教関係なので、かといって信仰しているわけではありません。みんな盆暮れやお正月、葬儀などの際に執り行う宗教とでも言いましょうか。

その、葬儀のとき私に困った事態が起こってしましました。どうにもこうにも笑いが止まらなくなってしまったのです。場所柄、体をつねったりして必死になってこらえました。おかしいと思うともうどうしようもないものです。お坊さんの読み上げるお経と木魚のリズムに体が反応してしまいそうで、こらえるのに大変でした。そう思ったら客観的に自分を眺める私がいて、もうおかしくて困りました。不謹慎だと思われても仕方がありませんが、こういう場合どうしたらよいのでしょう。さて、話は変わって、小学校の恩師のお孫さんがご病気でなくなられたときき、供養になぐさめのお手紙を添えておくりましたところ、その手紙の内容に先生は憤慨して、否定の手紙を返信してきました。私としたことが、先生の信仰している宗教も存じないまま、一般的な日本の仏教のことばを添えてしまいました。ところが先生はクリスチャンだったのです。そのとき初めてわかりとんだ失礼をしてしまい、反省しました。その後、先生とは少しずつ従来の状態に戻ることができ、ほっとしています。

オススメサイト